2013年12月19日木曜日

2013年12/19Asrielライブ

Asriel live ~The Holy NightInvitation~『聖なる夜の贈りもの2013 in 赤レンガ』行ってきました。
端的に言って最高でした……。これで同人(インディーズ)活動終了はちょっと寂しいです。

アコースティックライブは行けなかったので自分にとっては今年3度目のAsrielのライブ。会場は赤レンガ倉庫一号館ホール。こういうオサレエリア緊張するんですよね……。でそのホールにはなんと椅子がありまして!あまりの珍しさに(?)開始時全員が大人しく座っていたらKOKOMIさんの第一声が「なに座ってんですか〜w」デスヨネー。

セトリは、定番曲を押さえつつ鏡の闇を穿ちてや白い夜の翳りなどのちょっと珍しい曲やXANADUライブで演らなかった夢の境界も。あとせっかく椅子があるということでTears Floraともう一曲(名前が浮かばない)のアコースティックverも聴けました。

雑感は箇条書きで。
・最初のほうはボーカルがちょっと不安定だったけど休憩後は安定したかな?
・休憩中はジングルベルを演奏しだしたと思ったらメタルになって、観客もヘドバンモッシュオタク棒が入り乱れて最後にウィーアーエックス!していったい何ライブなんだ……って感じでめっちゃ笑った。
・これで声枯らしたの吉田さんだっけ?
・バラードだとKOKOMIさんめっちゃ歌上手いのがわかりやすいですね。
・えびちゃんいつ見てもマジでカッコイイなおい。
・恒例だけどライブアレンジは全体的に凶悪になってて最高。
・ツインリードとバイオリンソロがとくにいつもよりも神がかってて神。
・KOKOMIさん泣いてるくだりめっちゃ泣きそうだった。
・やっぱりAsrielのライブはオタクとメタラーがごちゃごちゃしててそれぞれ自分の流儀で適当に動いてるのがまた楽しいんだと思う。
・でもそれはそれとしてveladonnaコールや双翼風雅の振りが小慣れて出来るようになってて楽しかった。
・アンコール後のMoon Light Tearsで終わると思わせてからの星空舞散る夜に…の流れはヤバかった。
・首肩腰背中が筋肉痛です……。


 ぼくが初めてAsrielを聴いたのは2008年で、たしか7thのメルヴをあきばお~かメロンのそのときの冬コミ委託で買ったのは確実で、その前の夏〜秋に6th以前を通販でぽつぽつ買ってたような気もしてその辺あやふやなんですけど、とにかく5年聴き続けてることになるんだなあ、と(わたし5年以上好きなものって他にギアスとP3くらいなんですよ)。first liveも当時ちょっと無理して行ったのもいい思い出です。
 コミケM3で新しい作品が出るたびに、楽曲は新しい趣向が凝らされているし、楽器はどんどん生になるし、KOKOMIさんもみるみる歌上手くなるし、音質もますます良くなるし(メジャーで出したunveilより同人のQuo Vadisのほうが音質良い事案もあったりしましたね……)他のどんなサークルよりも進歩していっている印象があって、とにかくすげえすげえ言っていたらいつの間にやら同人完全に卒業ですか……。2,3年前はコミケのためだけに田舎から東京にきていたわけですけど、それがまあ大変だったのもあって会場での印象が強く残っているので、コミケでもM3でも直接お目にかかれなくなるのはどうしても寂しいですねー…。
 とはいえライブ中にも何度も言われてましたが解散するわけでもなし、今回のライブもABYSS試聴も最高感ありましたし2月のチケットも取れてますしこれからも応援していきたいと思います。おわり。

2013年12月18日水曜日

イシューからはじめよ



 自己啓発書の類は読まないのだけど、自分の読みたい本リストに入ってる以上は何か信用できるところからのおすすめがあったのだろう、ということで図書館で借りてきた次第。

 大枠をざっくり言うと、バリューのある仕事をするためにはとにかくイシュー度(≒課題の質)が高いものに取り組むべきで、仕事を始めるときには、問題を見極めて吟味して分解したりしてイシュー度の高いテーマを抽出するのが大事なんだけど実はみんなその辺が蔑ろになっているからちゃんとやるといいよみたいな話。ざっくり。
 大枠としてはこんなもんで、あとは細部としてよい課題とは、イシューの見極め方、あとは実行に移していく上での話とか諸々。

 この本の良いところは、1つには仕事だけでなくいわゆる理系的な研究でも同じことが言えるとしていること。加えて最近の生命系の研究者やその周囲の人々の言葉を引用していること。著者は脳神経科学の研究をしていたそうで、その主張は実体験にもとづいているのだろうし、単純に説得力がある。引用についても自分の分野に近い人の発言なわけで、物理学の全くの門外漢が20世紀初頭の物理学者の発言を引用するのとは、重みというか理解度が全く違うだろうし。(個人的によくわからん自己啓発本で有名な科学者の発言が引用されているのが鼻につくから、この本ではそういうのがなくてよかったなあというだけでもあるのだけど)
 
 2つ目は、さっき細部といった部分に種々のメソッドが紹介されているわけなのだけど、それらの方法には固執しすぎないようにしよう、と書いてあること。
大枠のイシュー度の高い仕事をしようというのが集合あるいは戦略であれば、細部のイシューの選び方や処理の仕方というのはその集合の要素または戦術にあたるわけだからこの本の構成からすると当たり前といえば当たり前なわけだけど、「特定の方法で何でも出来る!!!」みたいな本よりは心象がかなり良いわけです。

一番個人的に意識しなければなーと思ったのは、「何はともあれ言葉にする」、イシューを見極めてそれに対する仮説を考えたら、それをきちんと言葉に落としこむこと。仮説を言葉で表現するときのポイントは1.主語と動詞を入れる。2.「where」「what」「how」重点。 3.比較表現を入れる。だそう。
 僕はたぶんこの本で指摘されてるビジュアル何とかで、ここで図をこう書いたら伝えられるはず、と思うことが多くて、で仮に図を描けたとしても通じる人にしか通じない、みたいな事案はわりとあって。仮説に限らず自分の理解をきちんと言葉に落としこめるようになりたいとは最近とくに思います。

ごちゃごちゃ書きましたが、この手の本ではわりとおすすめできる部類だと思います。


2013年11月13日水曜日

アウトプット

Twitterの、オープンな、フォローフォロワーが千単位で、その上(その気になれば)中の人を特定できるようになっているアカウントで好き勝手に何でも発言できる人がすごいと思う。好き勝手というのは政治的に非常に偏った話とか、特定の国、団体、組織へのdisとかではなく。そういう人は往々にしてその手の話題もするから、よう言えるなーと思うんだけど。

で何をすごいと思うのかというと、あやふやな内容とか間違った知識とかを堂々と発言できること。自分なんかはそういう発言をして訂正リプとかが飛んできたら単純に面倒くさいし、根底には小中の間違えることは悪いこと教育から抜け切れてないのもたぶんある。

間違うことや間違いを指摘されることを恐れて何もできなくなって停滞していくことはこわいと思う。たかがTwitterなんぞで、とは思うけれど、もう生活の一部になってしまっているのだから、ついった上の態度が現実のぼくに影響を与えうる。だからもう少しくらいは物怖じせずに前のように色々とpostしたい。まあついったから離れるに越したことは無いと思っているので長々と眺めるくらいなら、という意味で。

で、物怖じせず発言できるということは、アウトプットの機会を単純に増やすわけで、それは利点だろうと。実際、自分の考えをまとめようとしたとき、人に説明しようとしたとき、問題を解こうと思ったときに初めて気づくことや分かることって多いじゃない。
ついった上のアウトプットの特徴は文字数と会話への近さにあると思う。文字数が限られているから、情報の取捨選択に敏感にならなければならない。そういう枝葉の取り方の練習になるんじゃないかと思う。まあ意識してそんな意識高いTwitterの使い方してる人間なんてぶん殴りたさしかないけれど。もう一つの会話への近さというのはリプライを送り合うとかそういうことではなくて、考えてから発言するまでの時間の短さという意味で。ネタガチ勢は知らないけど。短い時間で情報を圧縮して発言できるというのは大事だし、その練度が高い人は賢そうに見える。まあこれも意識して(以下略)。

まとめると、勉強用アカウントをひっそりと作るのはありだと思いましたということで。オープンに議論できると強いのだろうけど、色々と面倒くさすぎるのでひっそりとが丸い感じ。



2013年7月8日月曜日

アニメ版デビサバ2に思ったこと

ゲームのデビサバ2面白かったのですけど、何だかなーと思った点が2つあって、それらがアニメ化に向いてない要因だと思ってました。その1つは、構図が雑多すぎること。悪魔に加えて、セプテントリオンとかいうよく分からないものがいるわけですが、登場人物が、悪魔とかセプテントリオンとかどういうことだってばよ、何が違うんだってばよと言っているときに、1プレイ済みまたはシリーズ経験者なら、悪魔については既知なわけで、だからこそ謎の侵略者であるところのセプテントリオンがすんなり入ってくるわけですが、シリーズに疎い人であればいきなり悪魔とセプテントリオンを同時に提示されても、構図として分かりにくいのではないかと。というかぼくがこの辺りの構図が気に入らなかっただけなのかも知れませんが。

もう1つは、登場人物の掘り下げに余裕がありすぎたんですよね。キャラの個別のイベントでは、ペルソナ3,4のコミュのように、主に過去話が語られるのですが、基本的にストーリーに関係なく、今までの生活と地続きの話が語られるのです。これが、残り数日しかないからこそポジティブに生きようとか、ポラリスに謁見したあとはどうしようかとかなら分かりますけど、そうじゃないから、お前そんな暇あんの???とどうしても思ってしまう。これは1にも言えたことなのですけど、少なくとも1ではベルを巡る争いに巻き込まれたというのが(たしかわりと終盤まで)分からなかったり、移動できる地点が限られていたりとでそこまで違和感は無かったような覚えがあります。

ただこれらの点はアニメ版ではわりと解消されてるのですよね。1つ目の問題は、セプテントリオンとの戦闘をあっさり終わらせたり、主人公とヤマトが龍脈パワーで直接戦ったり、ポラリスを描かなかったりなどでシンプルに見せてますし、2つ目の問題も、登場人物をあっさり殺したことで、掘り下げようがなくなって解消されてます。しかも(本来あるべき)緊迫感を出せていてトータルでは良かったと思います。そりゃ(好きな)オトメさんもジョーさんもそんなあっさり逝ってしまうん……やフミちゃんの死に方はそりゃないぜとは思いましたけれど。

上のように問題点をカバーし、主人公が龍脈使えるようになっていたりヤマトが輝く者だったりという改変で、主人公とヤマトの二人をメインに据えて対比し、徹底して主人公をヤマトのカウンターとして描いているのは良かったと思います。この上で最終話で輝く者がルシファーを、輝いてた者がサタンを使って決着をつけたのは対比として綺麗だなーと。(最終話でドヤ顔で悪魔合体だと言い出すのはちょっと吹き出しかけましたが)

主人公とヤマト中心の物語にしたことは英断だったと思うのですが、一つ難点もあって、ゲーム中では、ヤマトの実力主義はクリッキーの平等主義と対比されるものであって、メガテンにおける単純な善悪の二項対立でない、LowとChaosに相当するものだったんですよね。
それが中盤でのクリッキーの脱落、シジマが第三勢力にならない、アルコルの主人公びいきによって、ヤマトの実力主義だけが前面に出てしまったわけです。いや実力主義ってだけ言われてもフワフワしすぎでしょ。ゲーム中でも青臭い感じはありましたけど、対比されてた平等主義がもっと青臭かったりもあって、まあ分かる、といった具合だったのですが、これじゃあ弁護のしようがない。で、実力主義に対する他のキャラの反応も過敏すぎた。イオもシジマもゲーム中ではどっちもどっちと言えたのに極端な思想が一つしか無くなってしまったからそうも言えない、と。

まあぶっちゃけその辺は気にしないでおいて、主人公とヤマトの物語にまとめたのは好感を持ってます。記憶を取り戻した主人公は真っ先にヤマトを気にかけて、(人間では)ヤマトだけが記憶を引き継いでいるのも綺麗でしたし。

まとめると、ヤマトさんイケメンということで。

2013年7月6日土曜日

攻殻機動隊 S.A.C. 感想

2週間ほど前にARISEを観に行って、その数日後友人宅にて一気見鑑賞。すげえ面白かったです。 

Stand Aloneな話だと心の隙間と未完成ラヴロマンスの真相が好きです。心の隙間は前の回でタチコマがいなくなって傷心中のバトーさんに追い打ちをかけるようで痛ましくて、それでなおさら人間味が表れているのが何ともこう。未完成ラヴロマンスは荒巻さんほんとかっこよかったです。 本筋であるところのComplexなお話は言わずもがなで。最終話がちょっと拍子抜けなような気もしたのですが、(25話で少佐が撃たれたのはさすがに予測済みというかそういう芝居なのだろうと思いましたけど、そのときのバトーさんの慟哭がガチ感ありすぎてガチなのか???と思ってしまって、それであのシーンからトグサの一人称になって3ヶ月経ってましたなんて言われたらまあそうも思いますよね)、結局荒巻さんの作戦通りだったってことにするためやアオイとの話をメインに持ってくるためだったりにはあれがベストだったのかしらん。 

タチコマ、正直なところ擬人化しすぎるきらいがあるように思われて何だかなーと思ってたのですが、バトーさんを助けにくるところは感動的でしたし、タチコマが個性的になっていったくだりが作品の一つの答えになっているのはただすごいと思いました。登場人物のキャタクターの掘り下げの話群だと思わせておいて(?)、最後に本筋につなげるのはうまいなと。 

というわけで次は2nd.GIGを近いうちに。夏休み中にもでも映画版も見たいところ。 ちょいちょいWikipedia等で設定読んだりしたのですけど作品によって諸設定結構違うんですね。そんなこんなで攻殻機動隊という作品群がSACそのものっぽくとも思えたり。

2013年3月11日月曜日

「虚ノ少女」感想

虚ノ少女と書いてからのしょうじょ。殻ノ少女の続編で、からシリーズ(?)3部作の2作目。